ことば試着室 〜「みんなとつながってる」の巻〜 |
2009.1.12up(2008.5.15作) |
「ことば試着室」へようこそ。 最近ちょっと、「みんなちがっていい」という系統のご試着が続いていて、 あまりそっちのほうに偏り過ぎたが故に 私が誤解されるようなことになるとイヤだな、と 密かに心配しておりました。 だから今回は、バランスをとって 「みんなとつながってるよ」というご試着も (これは「みんなちがっていい」とひとつも矛盾しないことなので)、 みなさんにしていただきたいなと、 うちの本棚をぼやぼやと眺めながらあれこれ考えてみましたが、 それはそれで、なかなかいいことばがみつからず困ってしまいました。 一説によると、ヒトというのは 他の動物とひと味もふた味も違う ほうっておいたら滅茶苦茶なことばかりしてしまう 「本能が壊れた動物」らしくて (よくよく観察してみたら他の動物のほうが よっぽど秩序正しく振る舞っていたということなのですが)、 例えば、集団を保つにも、仲間との結びつきを「美しいもの」であると あらゆる文化的な活動を通じて繰り返し繰り返し賛美して、 なんとかそういうことにしておかないと 社会というものはやっていけないかもしれない、ということがあるらしいです。 学校時代、教室の黒板の上に貼ってあった 「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」 というような標語(?)は、 その類の要素が強い言葉のように思われますが、 しかし、ヒトとヒトとの結びつきというのは、 「大切だ」「必要だ」と教条的に言うんじゃなくて、 もっともっと根源的なところまで遡って、 「そういうところで自分たちは生きているんだ」という実感として 確かめることができる次元もあるのではないかと、 そう考えてご試着していただくことばをさがしてみると、 なかなか私の本棚では見つけられなかった、ということなわけです。 ・・・というより、なんとなく、あまり深く考えてはいないけど、 「これでいこう」というぴったりなことばが思いつかないので、 いったい自分が何をしようとしているのか?と、自分を探ってみたら、 「根源的な人のつながりを言っていることばなのか?」と 「社会を成立させるために 人のつながりを賛美して言っていることばなのか?」の違いにこだわって、 後者を避けようとしているのではないか?と思われる状態でありました。 もっとも、その後者がないと社会が成立しなくなるかもしれませんから、 必要なものではあるのですけれどね。 癒し関係のわかりやすい本に、 こういうことばはたくさんありがちのような気がしますが、 ああいうのは、なぜか「そりゃそうだよね」と思って終わりになってしまう 引っ掛かりのない、ご試着のし甲斐のないもののような気がして、 その中から選べば早かったかもしれないけれど、パスしてしまいました。 でも、やっと見つけました。 意外に、高校生のときに読んだ椎名誠さんの本でした。 より細かいニュアンスを理解していただきたいので、 長い引用にしてみました。 これ、話のおしまいの方で、おもいっきりネタバレなので、 全部読んでみたいと思われている方は、先に本全部を読まれた方がいいでしょう。 もっとも、全部読んだほうが事情はよく分かるので、 感じられるものもひとしおだと思いますし。 それなりに売れた本なので、もう読まれた方もおられるかと思います。 それでは、今回のご試着です。 これはどうみても国分寺書店のオババは とうとう店をタタんでしまったようである。 ビャーン! とベルの音だけはヤケクソ的にいさましく鳴って、 ゆったりのさりとドアが閉まった。 南口にひときわ高い「ビジネスホテル・ダイワ」のネオンがゆっくり流れて、 いつまでもしつこく窓から見えているのにすこしおどろきながら、 「国分寺というのはやっぱりだんだん確実にダメな街になっていくな!」 と、おれは妙なところから妙な具合に突然あらわれた坂道を どんどんがむしゃらに駆けあがっていくようなかんじで 怒りはじめていたのだった。 不思議なもので、人間というものは 自分の生活にとってそんなに深い関係があるわけでもないのに、 そこに黙って存在していれば安心し、 なにかの都合で急になくなってしまった、ということになると、 その空虚感は思いがけないほど大きなものになるらしいのだ。 おれにとって国分寺書店というのは、 まさにそういうものだったようだ。 そしてそのことにおれはその日はじめて びっくりするくらいの唐突さで気がついたのだった。 だいたいお店などというのは、あれはあれでウルサイということも けっこうひとつの貴重な個性になっているものなのだ。 そうして、あの国分寺書店のオババは いつも騒々しく自分の店にやってきた若者たちを悪しざまにののしり、 絶対に値をひかず、本を買い入れるときは異常なほど細部まで点検し、 値段をつけるときはスルドイ眼でじっとそいつの顔を見つめて、 ただもういたずらにそいつの心臓をおどらせていたけれど、 あれでどうもなんですねえ、ちょっと話は関係ないけれど、 いつ行ってもあの店には亭主らしいのが見あたらなかったから、 もうとうの昔に死に別れて、一人で古本屋稼業細々と喰いつないできた、 という具合だったんじゃないだろうか。 (中略) しかしあの国分寺書店のオババは、 そんなふうにじつに堂々と われわれの不作法を叱責するばかりではなかったのだ。 あの、いつ行っても整然となされた本棚を維持していくためには、 おそらく客のすっかりひけた深夜、 店の中をこまめに歩きまわり、 明日の読書人のために、 その日荒らされた本の整理と補修を ひっそりと続けていたのにちがいないのだ。 さむい夜もあったろう。 ひもじい秋の夜更けもあったろう。 しかし黙々と黴くさい古本の山の中に 小さなからだをうずめていた国分寺書店のオババこそ、 まさしく日本のオフクロさんのような人だった・・・・・・のである。 ―そこまで考えたとき、わたくしのこころは千々に乱れ、 偉大なものを失ったものだけが知るめまいにも似た虚無感と、 怒りにも似た悔恨の念とが激しく胸のうちを去来するのであった。 すまなかった国分寺書店のオババ。 そして、さらば国分寺書店のオババ。 (椎名誠『さらば国分寺書店のオババ』より引用) 私、この本を高校2年生のとき、友達に薦められて借りて読みました。 その友達は、高校生なのに風貌や思想もどんどん椎名誠っぽくなっていました。 明らかに、椎名誠を目指していました。 『さらば国分寺書店のオババ』は、その友達のバイブルだったように記憶しています。 その友達は、今どうしているのか分かりません。 椎名誠さんを引用していて、私はその友達のことを妙に思い出してしまいました。 私の場合、読み始めは「なんだこの本、 なにが言いたいんだ」という感じで読んでいたのですが、 このラストを読んでググっときて、 その後、椎名誠さんの本を読み漁ることとなりました。 田舎にいながらにして東京の地名を 椎名誠さんの本で覚え、田舎者らしくあこがれていました。 それで私がまた別の友達に『わしらは怪しい探検隊』を貸したら、 その友達が私に「無人島へキャンプに行こう」と言い出し、 その友達も椎名誠っぽくなってしまうということもおきました。 よくよく考えてみたら、一時期の椎名誠さんの本って、 (残念なことに、今、そんなことしてたらかなり怪しまれたり、 周囲から気持ち悪がられるような気がしますが) 東京のアパートの一室に何人も男が同居して、 それぞれの道を勝手に歩んで暮らしてる、とか、 男が何人もそろって無人島へ酒飲み目的でキャンプに行くとか、 男がたむろしてなんかやってるみたいな話が多いんですよね。 当時はなんだかそういうのにあこがれる男子高校生が 私の身の回りに多かったような気がします。 そこらへんが、椎名誠さんの本も、教条的ではないにせよ、 「社会を成立させるために 人のつながりを賛美する」という役割を果たしている可能性を なんだかんだいって匂わせてしまうわけですが、 結局のところどうなのでしょうか? 『さらば国分寺書店のオババ』を、私は高校時代に借りて読んだきりでしたが、 数年前、古本屋できれいなものを見つけ、なつかしくなって買ってしまいました。 そのまま読まずに持っているだけで、内容も断片的にしか覚えていませんが、 要約すると、“いろいろ椎名さんが不平不満を感じていたことが その後、「いやいや、やつらもなかなかよくやっているじゃないか」と、 最後には急速に許してあげられるようになる”、というような話だった気がして、 それだったら意外に「許し」がテーマだった、・・・ってことでしょうか? 私が上京したての1980年代の東京の街が持っていたような輝きを 今の私は感じられなくなってきていますが、 それはなんだか、当時の椎名さんの本に私が感じていたものが 今の街になくなってきたせい、ということのような気がします。 あるいは街じゃなくて私が変わってしまったからかもしまれせん。 国分寺には私、しばらく行っていませんが、 学生の頃は(というのはこの引用に出てくる頃よりもう少し後の話ですが)、 野菜炒め丼の上に生卵が乗った 超大盛りのスタミナ丼を食べに国分寺まで行くぞと、 友達がバイクの後ろに私を乗せてくれて、時々食べに行ってました。 その後も、印象としてはなんだか草むらの間を抜けていく道が ずーっとあったのを覚えていますが、 国分寺が本当にダメな街になったかどうかは、よく知りません。 ・・・ということで、 今日のご試着は、お気に召しましたでしょうか? ・・・ええ、じっくり味わってみたけれど、 お気に召さないってことも、ありますから、大丈夫。 次のご試着をお楽しみに! |
||
ことばと子育ての相談室「わかばルーム」 ホームへ |