わかば式セラピーはなぜ生まれたのか

〈 目 次 〉

 

1.序

「セラピスト」なる資格を持ち、ある種の専門家と呼ばれることもあると、「科学」という文字がずっとそばにひっついて来るようになります。科学に依拠し、「専門家になる」ということは、「交換可能な存在になる」ことなのだそうです。科学であるならば、誰がやっても結果が同じにならなくてはならないからです。学生の時に習いました。しかし、現実にはそれぞれのセラピストは、それぞれ誰一人として同じではない仕事場の条件にそれぞれ身を置くことになります。たとえ同じ理論に基づくとしても、それぞれが独自の経験を積み上げていくことになります。職場もいろいろですし、一度出会ったケースも、その後、似ているケースというのはありますが、全く同じ状態に遭遇することは二度とありません。同じ人など、この世に一人もいませんから、当然のことであります。類似点を見出すことがケースを進ませることに繋がることも少なくないですが、過去のケースと全て同じだという楽な思い込みに陥らない用心がむしろ必要なくらいです。

不肖私なども、多分に漏れず、絶対に自分しか経験したことがないと言い切れるケースをたくさん経験してきました。かつてのいくつかの職場で期待された自分の役割や機能も、独特であったように思い出されます。そうした中で、セラピーが内包する斬新な問題の所在に思いがけず気付くこととなり、独自の問題意識が生じ、それに向き合いながら、いつの間にか自分の中に積み上がるものが増えていくのでありました。その解決への模索の中で、すでに先人が残して下さっている道筋をテキストの山の中から発見し、「これだ!」となることが起きます。さらに、そのいくつもの道筋の組み合わせを史上初で統合してしまうような「ひらめき」が自分ごときに降りてくることもあり、その都度、次第に、ますます、私は他に誰一人として交換不可能な存在となっていくのでありました。

そんな経緯の中で、「交換可能な存在」として踏みとどまる選択もあったのだと思いますが、なにしろ、先人が残して下さった道筋には、マイナー技法扱いされていたとしても、本当にものすごいものがあるのです。そういう知や職人芸の世界に夢中になって、自分の臨床に応用していくうち、これはどうにもならないはずのケースがびっくりするくらい寛解や治癒していく経験もしてしまうことになります。そして、その行き着く先で、「交換可能な存在」になることをすっかり忘れてしまうのであります。

「療育」には、流行というものがあります。ああいうのは「流行」だと思います。流行るからには何か理由があるのでしょう。「交換可能」ということも流行に追い打ちをかけます。ですが、あまりに私は自分の問題意識に引き摺られ、自分の目の前のケースをどうにか進ませようと、そのための探求に夢中になり、すっかり「流行」からかけ離れたポジションで臨床を行っているのでありました。でも、気後れしながらも、「流行」に乗らなきゃいけないとは思うことがなかったのは、自分が手にした知見や技術を捨ててしまうなんて、もったいなさ過ぎるとどことなく感じていたからです。気負いすぎかもしれませんが、自分の相談室を開業して、公的機関で経験されるある種の制約の中では決してアプローチできないような問題解決にも取り組み、自分が雇用されていた時期以上に成果を上げられるであろうことを確信しておりました。まだまだこれから自分のセラピーを改善できる余地もあるはずですが、それでも、実際にわかばルームを始めて以降、恐らくは通常は困難とされるであろう問題解決も数々味わっていくこととなりました。保護者の方の「相談」や子どもとの関わりの中で、それぞれの実存のために大切にすべきことを、先人の残してくださった道筋を頼りに、独自の探求を続け、理論的な説明へ向けての思索も繰り返してきました。

ところで私は、5年くらい前まで(2018年くらいまで)、セラピーを通して自分が知ったことはわかばルーム内だけに留めて、最後まで世には出さないまま、すべてを墓場まで持って入ろうと思っておりました。私が無理して言わなくても、その要素要素はすでにどこかで誰かが言っているようなものが多かったですし、私自身が発見したことについても、あまりにも自分の経験が独特すぎるから、人に話しても意味が通じないだろうと考えていました。あまり世間的に不思議に聴こえるようなことを言って目立ってしまうと、わかばルームに通室して下さる方々に迷惑がかかるだろうということも怖れていました。様々な流派の批判を人目につくようなところでしたくない気分にもなっていました。他の流派の批評は、その流派により助けられている親子を傷つけることになるからです。

しかし、私の身辺は、公私とも、この3年くらいの間に激変しました。感謝が尽きないことに、かねてより私のことに注目して下さっていた大先輩先生が、「奥山さん、表に出てみませんか?」とちょくちょく盛り立てて下さるようになりました。その流れの先で、様々な形で、数人の専門家の方々と核心に迫る話を突き合わせる機会があり、私が思い込んでいたのと違い、皆さん、私が何をして何を考えてきたのか、好意的に関心を持って下さり、面白がって下さるのでした。いえいえ、すべての専門家の方ではないです。でも、私に…私の希少な経験の中で必然的に生まれてくることとなったセラピーに、何かを予感する方々がわずかにでもおられるらしいことが分かってきたのです。

その成り行きで、私は専門家の皆さんの集まる大会での講演を依頼されるに至りましたが、その講演は国を挙げての「緊急事態」ということで中止となりました。そして、わかばルームは、私の私的な事情により倉敷市へ移転となり、首都圏を離れました。私がいなくなってしまう事情を皆さんにご理解いただきながらも、自分が少なからぬ親子にとって「交換不可能」であったことも身に沁みて確認されることとなり、申し訳なさもつくづく感じるのでありました。

そんな自分の「交換不可能さ」を意識している先で、むしろ、そんな自分が経験してきたことをどこかに書いておけば、ひょっとしたら誰かの参考になるかもしれないことを思うようになりました。そんな気がするようになりました。そういえば、僭越ながらも、たくさんの保護者の方から「奥山さんの考え方はもっと知られるべきだ」と言われてきたことも思い出すのでした。でもそこを誰にも関心持たれないのなら、そのことを確認しなくてはなりません。完膚なきまでに論破されるのならば、それもそれで確認せねばならぬことでしょう。自分は間違っているのかもしれない疑いは、まだまだ残しておきたいものです。

わかばルームのホームページに、「わかば式セラピー」と称して、より具体的なわかばルームの独自性を整理してご案内することを考えましたが、どうもこれから先のことを考えると、スマホ時代に長文のご案内は馴染まない気もいたしました。なんとか短くまとめたいのですが、そうは思っていても書いているうちに長くなってしまうかもしれず、それなら、自分の叩き台のようなものでFacebookを使えばよいのではないか?と考えました。

そんなわけで、Facebookにできるだけ頻度を上げて書き綴っていくことにしました。長文になるから…と思いつつも、できるだけ短いエントリーに分けて、書く方も読む方も息切れしないように気を付けながら(すでに息切れしておられますか?「序」というお題でしたので、焦点絞るのが難しく長くなってしまいました)、わかばルームのお知らせのご紹介の合間に、少しずつ綴って参ります。むしろ、「わかば式セラピー」の合間にわかばルームのお知らせが挟まるくらいになるかもしれません。

とは申しましても、究極には、ご相談に来られた方にだけお伝えできることはたくさん残ることでしょう。こちらでは、主に、わかばルームの考え方の独自性や、一般的に誤解があるかもしれない療育や子育て上の問題を解きほぐしていく意外な切り口のようなものをシェアして参ります。よろしくお願いいたします。

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2.わかば式セラピーの起源はどこか

言語発達の専門家として、私が初めて個別でケースを持つことになったのは、成人の知的障害者を対象とする言語訓練においてでした。当時は「言語療法士」と言いましたが、「ST」という略称は今と変わらなかったです。よくあるSTのイメージ通り、絵カードで呼称の課題をしてみたり、はめ絵やパズルなどで視覚認知や目と手の協応の課題をしてみたりで、「言語」の時間が成り立つ場合もありましたが、多くのケースでそれはできませんでした。発語が全くない、コミュニケーションが成り立たない…だけでなく、利用者さんがずっと常同行動、こだわり行動、自己刺激行動を続けて、それ以外の活動には応じてもらえない状況で、パニックで暴れることなく課題へ誘うにはどうしたらよいか…と、そこに注意を向けてばかりの時間もしばしばでした。でも、私は利用者さんたちのことが好きでした。初めて会った時から、発話はなくとも、とても優しく私のことを歓迎してくれる雰囲気に満ちていたのです。非常勤だったので、次のセッションまでまだ日数があるような時にでも、私は利用者さんのことを思い出しては、「○○さんがあんなふうにしているのは、なぜなんだろうなぁ」とぐるぐる考えるのが好きでした。みんなと会える日を待ち遠しく感じていました。

かつて、学校教諭をしていた頃は、自分にはどうすこともできない生徒でも、なんとか先に進ませる方法を考え続けるのが仕事の当たり前でした。その感覚のまま、半年の契約期間で失語症等に関わる病院STを経験した時も、患者さんがコミュニケーションできる状態ではなく、アプローチのしようがないのに、なんとかしなければ…と頑張るのが当然と思っていました。しかし、とある患者さんについて、ドクターから「やれないのにやってはいけませんよ。保険でやっているんだから」と言われ、驚いたことがありました。学校と病院とでは、そこのところは反対に流儀を替えないといけないのです。

そこで、私は、福祉の職場でも「ST」でありますから、病院の流儀で「できないものを続けてはいけない」のが倫理と判断し、「○○さんは、言語訓練の適応ではありません。終了にします」と、その○○さんについて割に早い段階で職員に伝えるに及んだことがありました。しかし、思わぬことに、職員の方から「私たちもどうやって○○さんと付き合ったらいいのか、分からないんです。あなたに無理と言われたら困るんです」と返され、ああそうか、ここでは学校の流儀でよいのか…と悟ったのでありました。

今考えると、あの職員の方は恩人であります。あの時から、わかば式セラピーは始まったのです。

模索が始まりました。成人の知的障害者への言語訓練について指南してくれる専門書など、当時はありませんでした。今でしたら、多少思い当たるものはありますが、たくさん流通しているものではないはずです。だから当時の言語療法の知見だけでは、ここではセラピーが成り立たないということでありました。でも、どうにかしないといけない。私は、言語療法に限らず、特殊教育や療育分野など、隣接領域の本を買い漁り、何か良い方法はないものかと探し回るのでした。

その当時、私が知る限りでは、成人の知的障害者を対象としているSTさんは、首都圏で私を入れて3人だけでした。この領域には教科書がありません。それにもかかわらず、というよりそれだからこそ研究熱心にならざるを得ないのか、皆さん、それぞれ一家言をお持ちの、レベルの高い先輩方でありました。しかしながら、置かれている境遇がそれぞれ違っていて、自分に課されている役割を果たしていくには、私も私独自の探求が必要となるのでありました。そして、その私の関わる職場の皆さんは、私に自由に探究をさせて下さいました。STは独り職場が多いと昔から聞きますが、それにしても、独自のセラピーを探求するのにここまで恵まれた環境に置かれた言語聴覚士は、後にも先にもいなかったかもしれません。実はもう一人、看護師兼言語聴覚士の方がおられたのですが、その方も私のことを支持して下さいました。本当にありがたいことに、そんな環境だったが故に、自分の特殊性が芽吹いていくこととなった気がします。

そうするうちに、間もなく、実際にセラピーの成果が上がるようになり、私がケースで関わった利用者さんの様子が変化してくるようになりました。職員の皆さんの中には、利用者さんとの関係の深まりと共に様子の変化を実感され、私が調べ上げてきた理論に関心を持ち、利用者さんへの理解を私と共有して下さる方もおられました。しかし、困っていることが多い時代には考え方を共有できることも多かったですが、時を経るごとに利用者さん方が落ち着いてきて、古い職員の方も異動で入れ替わり、難しいことが減ってくるにつれ、もう昔と違ってそんなに困ることもなくなったのだなぁ…と感じるくらいにまでなりました。15年間を経て、私が説いてきたことを新しい職員の方から「私たちはこのようにしている」と逆に説かれるくらいになったところで、「ここでの自分の役割は、もうやり尽くしたのだろう」と感じ、この場所はもう卒業することにして、自分を更なる次の段階へと向かわせることにしたのでした。

成人の知的障害者のセラピーに取り組み始めた当初に、「コミュニケーション自体が難しい方になると、成人になるまで療育や学校でほとんど育ててもらっていない」ということを察するに至りました。昔のことですから、今ほど技術が開発されていなかったということかもしれません。しかし一方で、今現在それがどこまで改善されてきて、その状況で良いのかどうかはいろんな見方があるところだと思います。ただ、私にしてみれば、それまで長い年月解決されることのなかった利用者さんの問題にアプローチできる方法を見出し、それなりに解決していく経験を得ることとなりました。当初は、それらのアプローチやその考え方を実践している人など、周囲にはまったくいなかったわけですが、それはこの療育の世界の奇妙さを予感させるものでありました。

どうやったらこの利用者さんは前に進むのだろうか?と探求していくうち、医療や行政により「知的障害者」と判定されている方たちは、社会からひどく誤解されているということを痛感せずにはいられなかったです。常識的ではないけど、一部で言われている理論に従い仮説を立ててアプローチすると、それまで誰もどうにもできなかった問題を解決できることが頻繁に起こるのです。そうした仮説による見立ては、頻繁に、他のケースでも通用することが確認され、しだいに一般論として語れるものになっていくのでありました。もう何十年にも渡って、彼らの困っていることや絶望を世の中から理解されないままに、彼らが人生を課せられているという現実を今でも感じずにはいられません。「知能」とか「発達」とか、常識的に考えられている見方や意味自体、疑わねばならないかもしれないです。成り行き上、彼らのことを、世の中になんとか知らせねばならない立場に私は立っているのですが、どうやって伝えたら良いのか、ずっと分からないままでいました。

彼らは私に、より本当に近いものを見せてくれました。彼らとの経験は、乳幼児期や学童期など、他の年齢層でのセラピーにおける画期的な思想や方法論にも繋がっていくのでありました。彼らはこの世の中にとって大切な存在です。私は、彼らに教わったことを人目につくところで言わねばならない義理を果たさねばなりません。それ故、「わかば式セラピー」を書いています。これはその昔、彼らに頼まれたことなのであります。

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3.なぜ、公費による療育機関でやらないのか

これは、私自身の経験から考えたことで、全ての場合に当てはまる話ではないことを最初にお断りしておきます。

ここまで述べてきました通り、わかば式セラピーの起源は公的機関でありました。そこで発見されてきたコミュニケーションや言語のセラピーの方法を、幼児期のお子さん向けにもアレンジし、実際に臨床に用いてみると、明らかに問題解決への進展が早いことが感じられました。親子に傾聴しつつ気持ちに寄り添うスタイルが子どもの自己表現を豊かにしていくことも確認されてきました。また、子どもの興味・関心・意欲が増してくるので、遊びの場面だけでなく、課題にも取り組みやすくなり、発達に加速がついてくることも多く観察されました。

しかし、このセラピーは、まだ前例の少なかった成人の発達に関わるセラピーにおいて、先人たちのマイナーな技法も含めて情報を集め、試してみては効果を実感できるものを見出し、それに私が独自にアレンジしたものも加えて作り上げた実にマニアックな方法論でありました。幼児期の療育の世界では、全くないわけではありませんが、あまり見たことも聞いたこともないと思われる方法論でありました。

療育では多くの場合、言語聴覚士のような専門職は、他職種に統括されます。専門職の上司は同じ流儀の専門職ではない場合が多いのです。私が経験した場合だと、保育士、指導員、再就職の公務員に報連相して、よろしいと承諾を得ながら臨床を進めるという形になっていました。だから、専門知識どっぷりというほどのものでもなく巷に知れ渡っているような考え方なら心配はいらないのですが、私のような専門家内ですらもマニアックに受け止められかねない話になりますと、他職種の方には説得が大変だということが起きてきます。私なんかがあまりに特殊なことをやるせいで、あそこの療育は変だ…などと、統括する側も道連れに噂されるなんてことがあったり、うちのセラピストはこれこれこういう方法論でやっております…などと専門家でもないのに対外的に私のことを説明させるなんてことがあったりしたら申し訳ないですから、もう変わったことするのはやめよう、自分のこれまでの経験を捨ててしまおう…ということになります。実際には、自施設や連携機関の近しい分野の専門職の方からは、いろんなスキルを持つ専門家が多様に揃っていることをポジティブに評価されていた記憶ばかりですが、古株の専門職の方や統括する他職種の方からは理解を得ることが難しかったです。

私が中堅どころになって勤務した職場では、実際に勤め始めから自分の方法論をずっと封印したまま、職務をこなしていたこともありました。とは言いましても、なにせ、長い間、療育界における自分の方法論の位置をずっと意識しすぎるくらい意識し、いざという時の議論に耐える備えとして、他の流行りの流派がどんな考えでどうやっているのかにも興味を持ち、相対化しながらもそれなりに分析のような勉強のようなこともしてきていたのでした。そんなわけで、自分を封印するとなると、その反動で、こだわりなく相対化されたいろんなアプローチを浅く広く無難なところで活用できてしまう結果となり、上司からも「引き出しが多い」などと高く評価していただけていました。自分でもびっくりしました。皮肉なものです。

しかしながら、無理もない事でありますが、そういう場で画期的なセラピーが行われるようなことは起きにくいと思われます。公費で行われるセラピーとしては、いろんな考え方や価値観の利用者さんに対応すべく、浅く広く、一般に知られていることを基準とした中庸なバランスをとる臨床スタイルが望ましいのではないかと経験的に感じます。もしそんなスタイルの知識豊かな専門家に公的機関で出会えたのだとしたら、その方は希少で優秀な方であると思います。反面、中庸なバランスであるため、もっとさらに改善に至る方法があるのに、どこかで妥協することになっているのかもしれません。特に、重度のケースや、専門分野にこだわらず横断的に子どもの発達を見立てれば改善できるケースなどで、伸び悩んだまま、障害の受容を促されるのみの対応に終始している可能性があります。場合により、もっと子どもを伸ばせる方法があるのではないか…というご両親の望みやチャレンジをサポートできる仕組みもあればより手厚い療育となりますが、どうなのでしょうか。ここでもし、改善策の提案もなく、ただただ検査などで「できる」「できない」などと評価をしているだけの専門家であるとしたら、それは無難な仕事ぶりではありますが、問題外です。

一方で、その療育機関の先駆者の方が、すでに独自の斬新な地平を切り拓いて下さっている場合がありがちで、実際のところ、その地域ごとそれぞれの療育機関の特色はそれぞれ様々であるように感じます。隣同士の自治体でもまるで違う志向を持っていて、驚かされることもありました。地域によっては面白い実践をされている療育機関もあるのではないかと想像されますが、反面、一方向に偏り過ぎた志向の専門家が公的機関でカリスマ化し、しかも、親子に対して高圧的で逃げられない療育を行っているような例も私の知るところではありました。民間の個人開業であれば、利用者さんご自身にそのセラピーが合っていないと感じられるのであれば、通室をやめる選択ができますが、公費による療育となると、なかなか逃げ場がなく、苦しい状態が継続する場合があります。しかし、自分には合っていないと感じる、その同じセラピーを、他の利用者さんは納得のいくセラピーだと感じるということも起きるものです。

これらは、現代において子育て観や人生観が多様化したため、惹き起こされざるを得ない不公平な状況のように思われます。その解決のひとつの手段として、民間の私設相談室や療育機関がお役に立てると、私は確信しております。そして、民間においては、むしろ、利用者さんの選択肢が広がるように、それぞれが特徴のある深いセラピーを提供できる形を目指すべきと考えます。

実は、私と同じ方法論の主要なところを私以前に実践する公費による療育機関に偶然に出逢い、仕事をさせていただいたことがありました。そこでは保育士さん方から専門的な意見を聞かれることも多くありましたが、私が行うセラピーについて基本的なことは共有できているので理解を得やすく、専門家としてうまく使っていただけていることに感謝を感じておりました。公費による療育機関で私がセラピーをするのであれば、これ以上はない場所を経験できていたように思います。しかし、そのような場においても、ぜひ私に任せて欲しい発語が全くないお子さんのケースなどは、STは発語が出てから行うものだという一部にある考え方に沿って、任せてもらえないことが多く、歯がゆい思いをしました。あるいは、言語聴覚士としては教科書的な常識である対処なのに、そういう機微を理解してもらえず、私がなぜそのようにしたのかを説明するのに苦心することもありました。

現実に行われている多くの場合の療育では、セラピストが保護者に直接、なぜこのようなアプローチを子どもに行うのかを説明し、承諾を得ながら行う…というシンプルなものではなく、その間に第三者としての他職種の統括者が入るという構造になるものです。セラピストと保護者の二者で行われているように見えても、セラピストは自身のセラピーについて、統括される他職種の承認を得ていなければなりません。その背後には、行政的な条例や規則がある場合もあり、それは安全弁として機能していることも多いと思われますが、私の経験からすると、時にはその条例や規則が不条理なもので、決定的に組織の機能不全を起こす制限となっている場合もありました。その構造の中で、私は、「あの方法を使えばこの子は先に進める」「保護者の困り感を解決できる」と、理論的にも経験的にも先が分かっているのにもかかわらず、アプローチができないという場面に幾度となく遭遇してきました。他の抜け道となる方法やギリギリのところでなんとかはいたしましたが、自分の持つスキルからすると、その子たちは十分には救えなかったのです。たくさん歯がゆい思いをしました。本来なら、公的な機関の中でこのような問題が解消されていくことが望ましいように思います。しかし、私は、この問題を公費によるセラピーの枠内で途方もない時間をかけて解消していくのではなく、自分で民間の私設相談室を開業する形での解消を目指しました。公費に依存しない月謝制を採用することにより、第三者からの介入を挟むことなく、より直接的な関係性の中で保護者に私が採用するアプローチをご説明し、納得していただきながら、自分のスキルの全てを生かせるセラピーを行える形態を選択したのでありました。

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4.「発達障害」というコンセプトを相対化しよう

わかばルームのホームページでは、2015年の改訂時から、意識して「発達障害」という語を用いないようにしてきました。それ以前のメルマガ初出の文章や利用者さんの感想でわずかに残っていますが、主要なところでは一切「発達障害」という語を見つけることはできません。「発達障害」でわかばルームを検索されるのを避けたくて、そのようにしてきました。拙相談室がこの世間の流れで「発達障害ビジネス」に陥ることを嫌悪し、自分はそのような文脈で仕事をしたくないと感じたからです。無謀な挑戦だったかもしれず、捨て身なところもありましたが、それにもかかわらず、拙相談室が存続してこれたというのは、一縷の望みのように感じますし、後続のために前例を作れたのではないかと自負いたします。だからこの事実はもっと声高に言ってみるべきことなのかもしれません。そこから読み取れるのは、「発達障害」という文脈とは違った視点で、我が子のことを考える親御さんがまだまだおられるということでありました。しかし、この状況はいつまで続くか分からないです。あるいは逆に、時代が次のフェーズに入ろうとしている気配も感じなくもないです。

誤解していただきたくないのですが、この世に「発達障害」の概念はいらない…ということではなく、私がセラピーを行うのに「発達障害」の診断は何の手掛かりにもならないので、私には必要がないということです。ですから、「発達障害」の診断で、本当に目の前のお子さんを助けられる可能性のある臨床をされている方であれば、それは紛れもなく必要な概念なのであります。

「発達障害」という考え方は、ひとつのコンセプトに過ぎず、本来は相対的に語ることもできる方法論のひとつでありますが、それが絶対的な、この世の初めからあるもののように、ほんのここ十数年の成り行きの中で捉えられてしまっていることは、しっかり問題にされるべきだと考えます。世の人の世界観や人間観が、この概念の流布によってすっかり変質してしまっていることについて、検証がなされるべきでしょう。療育や特別支援教育の世界の中でも優れた方になれば、広い視野で、ちゃんとこうした様々な方法論を相対化して、それぞれの技法の持ち味を吟味するようなレベルに達しているものだと、私は体感的にそう認識しています。

もはや、「発達障害」は国を挙げてのスタンダードになっている様相でありますが、「発達障害」のコンセプトに従い、良い支援をされている方がおられるのであれば、たしかに、それは支持されるべきです。しかし、今一度、誰もが自分の臨床に「発達障害」の診断が本当に必要なのか、それによってどれくらいの子どもにどんなアプローチを行って、どんな結果になっているのかを振り返ってみるべきだと主張したいです。私が実感することからすると、これによって「良い支援ができる」とする記述をたくさんたくさん目にすることがあるその反面、現実には、このコンセプトにより不利益や悲劇を味わわされている人が存在する負の側面をなおざりにしていると言わざるを得ません。間違いなく優れた実践家がおられるのであろうことは想像できるのですが(私が面識のある方で1人くらい、良いセラピーをしそうだという方が具体的に思い当たりますが、割合的にはごくごく僅かです)、手放しでこのまま進んでよいことのように思えません。

専門家であるなしにかかわらず、実践する人にもこの方法が合っている人と合っていない人がいて、合っていない人でも他の方法であればしっくりと良い実践家に育っていく可能性があります。それなのに、必ず「発達障害」を前提にしなければならない空気であることは、この分野の大きな可能性の損失であると感じます。

子どもにアプローチするには、評価や診断が必要ですが、アプローチする方法もろくに持っていないのに診断を積極的にしようという構えには、倫理的に抵抗を感じます。行政的なサービスを受けるために診断が必要だということは、本来、セラピーにおける診断とは関係がないことです。診断をしたところで、その子どもを救う効果的な手立てを持ち合わせていないのに、なぜ診断をするのでしょうか。

流行っている方法論は、裾野が広いだけその方法を用いている人口が多いわけですが、それだけ、良いセラピーができていない実践家も増えるということを意味します。「○○法を使う」という人が多くいたとしても、玉石混交で、残念なことに「○○法」であればすべてのセラピストが優れているということはあり得ません。

逆に、「自分は○○法を使ってセラピーしてみたが、全く効果がなかった」と主張して、「○○法」を批判してしまう方を時々見かけますが、ちょっとやったくらいで「○○法」の真髄を理解し、使いこなせていると考えているのは、浅はかとしか言いようがありません。それなりの歴史や蓄積や当事者からの支持もある他流派のことなのですから、もう少し謙虚になって尊厳を持って分析をしないと、ご自身の心根や品位というものが危うい様が、見え透いてきますよ。

ですから、「発達障害」のコンセプトも、真髄まで極めると、おそらく優れた支援法なのであろうと思うのですが、現実には、どこにそれを極めた人がいるんだろうか?となかなかお目にかかる機会もないままです。インターネット上では散見いたしますが、現実ではうわさも聞きません。

かなり知られるアメリカ発の某流派の日本で行われている実践は本物なのだろうか?と、本場や日本の第一人者から学んできたという方にお会いすることがあったので、直接、質問してみたことがあります。かねてから、どうもおかしい…と、疑問に思っていたことでありました。答えは、ほぼ全部が偽物ということでありました。この方も、昨今の療育の現状に違和感を感じ、肩身の狭い思いをしておられるようでした。私はすぐさま、山本七平氏が説く「日本教」のような根深い問題を思い起こしました。日本の中にそれまでとは異質である本物が入ってきても、全て変質して「日本教」に同化してしまうという説です。ちなみに、その某流派の日本の第一人者の方は、自分が広めたこの方法がどうしてこんな悲劇をもたらすものになってしまったのだろうと悔いて、老体にムチ打ち、真実を伝えるために日本中を講演して歩き続けていると聞きました。

これは、発達や言語臨床ではなく、カウンセリングの話なので拡張して語るのは用心すべきですが、『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』(ミック・クーパー著、岩崎学術出版社)という本によりますと、いろんなカウンセリング技法の改善率を比較した場合、それぞれの技法による差はなく、しかし、どの技法においても、その同じ技法の中で改善率の高いカウンセラーと低いカウンセラーがいることが明らかにされています。これは、発達に係わる臨床でも同じことになっているかもしれないと、自らの肝に銘じるべきです。

ですので、実践する人が目を向けなければいけないのは、方法論の良し悪しよりも、どんな方法論であろうとも、その中で自分の腕を上げていくことではないでしょうか。そして、どこの流派でも、当事者からのある程度の支持を得ているのであれば、その流派には優れた実践家がいるのだと考えるべきでしょう。また、当事者がどの流派を選ぶのかは、ご本人の人生観とか、価値観とか、何が心地よく、しっくりくるのか?とか、そういった個人の好みの問題であって、その選択は個人の自由であるべきだと考えます。こういうことは多様であった方が良いと思うのです。

そうした観点からすると、すべてが「発達障害」一色になっていく今日の様相には、疑問を感じます。

さて、それでは、わかばルームでは「発達障害」という概念を用いずに、どうやって臨床を行っているのか、説明せねばなりませんね。それについては、すでに本ホームページのこちらに記載してあります。
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「障害」に対するスタンス
https://wakabaroom.kakurezato.com/about.html#spb-bookmark-7

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ここでは、「発達障害」という語を避けた記述で、「発達障害」の概念を用いないわかば式の評価の方法について言及しております。実は、この方法論は、従来の小児の言語臨床ではむしろ当たり前の考え方だと思われます。拙ホームページのこの記述を読んで「全くその通りだ」と絶賛される、著名な方も含めてベテランの言語聴覚士さんに何人かお会いしましたので、むしろこれは当然のことを言っているということで良いようです。ですが、みなさん、それでも「発達障害」と言うのです。言ってはいけないということではありませんが、それだけ誰もが呑み込まれているコンセプトなのでしょう。

この度、この問題を巡って、そろそろフェーズが変わってきたことを直感しますし、むしろ次に行かなければならない局面だとも直感しますので、ここで、わかば式セラピーについて述べていくにあたり、メタにカッコつきで「発達障害」という用語を使って、その自分との差異を明確にすべきだと判断し、沈黙を破るに至りました。

そもそも、「発達障害」が言われるずっと前から、問診票や相談票などには医師による診断名が書かれていて、その意味が分からないというわけにもいきませんので、自主的にDSMだとかICDだとかのことを大抵はそれなりに勉強しておいたものです。だから用語自体、珍しい物でもありませんし、これを知っていたら一人前というようなものでもありません。それを何を今さら、障害にはタイプがあって、それを知っていれば一人前になれるみたいな空気になってしまったのでしょうか。主訴解決のために、障害のタイプとそれに適応な具体的アプローチが寸分も抜け目なくきれいにセットになって実践家の頭の中で整理できているのなら素晴らしいですが、あまりにそういう類型「だけ」に夢中になることは実は人を「支援」することの本質ではないような気がします。それなのに、なぜかそこを強調するような空気が醸し出されて、私にとって違和感に満ちた時期がずっと続いているのです。専門家は、「えー、そんなこともしらないのー?」に弱いのです。その弱味をいい具合に刺激されている気がしますが、こういうことは、自分のセラピーに必要な人だけが、とことん熟知しておけば良いようなことです。

科学哲学的なことを申しますと、私などは、そもそもが「要素還元主義」に否定的なもので、「発達障害」のコンセプトは実に要素還元主義でありますので、到底馴染めないものでありました。わかば式…というより従来の方法でもある「徴候」に注目し、「現象学」的に観察を行い、それらを抽象化して、その人や社会全体や生物としてのヒト全体の中でいったい何が起きているのか仮説を立て、臨床を通して、それで本当に良くなっていくのかを試し、その仮説を確かめていく、謂わば「全体論」的なアプローチの方が、性に合っているのでありました。しかし、多くの人にとってのここ十数年は、どんどん要素還元主義に流れていく時代なのでありました。

さらに思い出すことは、そのもう少し前の潮流では、例えば、これは自閉症へのアプローチで開発された方法だけれども、他の障害でも使えるとか、健常児にも使えるとか、そんなふうに診断名を超えていくように、ある次元に至ればそこに境界線はなく、なにか人間の発達に共通したものがあることを示唆するようないろんな流派での謂わば「全体論」的な流れが確かにありました。一方で、その頃同時に、例えば、自閉症には自閉症のアプローチがあるのだから、グループ分けすべきと主張する「要素還元主義」的な流れもありました。そして、なぜか後者が優勢になってきたという経緯があったように思います。それは、国の制度が後者の流れを汲むことになり、政治的な要因が大きかったのではないかと、私の目には映っておりました。

この流れには、子どもたちに限らず、すべての人間にとって、明らかにされねばならない謎がありますが、それほど問題にされないまま、今日まで来てしまったように感じます。声を挙げにくい空気が醸成されてきたことも感じますが、このままいくと、今後も関心が高まることはない気配でありましょう。

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